◆【本データについて】 本データは、社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会が1996年から2014年までに刊行していた、知的障害者向けの機関誌「みんなが読める新聞『ステージ』」のテキストデータです。 (詳細は、「ステージ」についての項目を参照して下さい) 以下2種のデータを公開しています。 ・原文改行テキストデータ ・句点改行テキストデータ ◆【著作権者】 本テキストデータの著作権は、全日本手をつなぐ育成会連合会が保有しています。 (全日本手をつなぐ育成会連合会は、「ステージ」の発行元であった社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会の後続団体です) ◆【データの作成に関する情報】 本データは、平成27〜29年度日本学術振興会科学研究費研究「知的障害者にわかりやすい情報提供に関する領域横断的研究」(挑戦的萌芽研究:15K12882)の助成を受けて作成されたものです。 研究代表者:打浪文子(淑徳大学短期大学部) 分担研究者:大塚裕子(公立はこだて未来大学)・岩田一成(聖心女子大学) 連携研究者:田中英輝・熊野正・後藤功雄(NHK放送技術研究所) (このReadmeは、研究代表者の打浪文子が作成しています) ◆【利用に際して】 本データの利用申請をされた方の氏名や所属先等の情報は、本データ作成者(以下の述べる研究代表者)および著作権者に伝えられます。 ◆【本データの利用における条件】 データの利用にあたって、以下を順守してください。 1.配布を受けた言語資源は、教育・研究・開発(非営利)のみに使用すること。 2.配布を受けた言語資源のすべてあるいは一部について、第三者に配布、貸与、刊行、売買など、これらに類する行為をしないこと。 3.配布を受けた言語資源を使用して得られた知見に関する研究発表あるいは成果発表を行う場合、その言語資源名および権利者名を明記すること。 4.上記の場合、言語資源協会の要求があったときは、論文別刷り等を提出すること。 5.利用を終了する場合には、配布を受けた言語資源を協会に返却または破棄すること。機器等へ複製したものも同様とすること。 6.<免責>配布を受けた言語資源の内容に関して、言語資源協会及び言語資源権利者・開発者に対していかなる保証も要求せず、本言語資源を格納した記録媒体や機器等、及び本言語資源の使用の結果によって発生する一切の直接もしくは間接的損害及び知的財産紛争について、言語資源協会及び言語資源権利者・開発者に対して責任を求めないこと。 7.<法令遵守>配布を受けた言語資源の使用に関し外国為替及び外国貿易管理法等、技術輸出に関する日本、米国及び関係国の全ての関係法規を遵守すること。 ◆【本データを作成した背景】 2014年に日本が批准した「障害者の権利に関する条約」にも謳われているように、情報化社会の発展に伴う障害者の情報・コミュニケーションの保障は、障害者福祉における重要な今日的課題の一つです。 とくに、自己選択や自己決定に難しさを有する知的障害児・者は情報支援技術の改善と追究のみでは情報アクセスに関する困難が十分に解消されず、情報化社会の中で、ことばに関する複合的な差別および情報格差の下に置かれ続けています[1]。 知的障害者にとっての情報・コミュニケーションの保障とは、言語的に平易な表現、すなわち「わかりやすい」かたちでの情報伝達やコミュニケーションを行うことです。こうした情報提供やコミュニケーション支援は、彼らの社会参加の手立てとして、また権利の保障として重要な手段です。 しかし、重度の知的障害者に対するコミュニケーション支援については社会福祉学領域に追究が多い一方で、「わかりやすさ」を重視した言語的な情報保障に関する社会的実践および研究蓄積は非常に少ないのが現状です[2]。知的障害者の情報の受発信を可能にし、彼らの社会参加を促すためのわかりやすい情報提供に関する言語学的知見を得ることは、喫緊の課題といえます。 そこで研究代表者らは、知的障害者に対する「わかりやすい」情報提供を実践する媒体である「ステージ」全69号分のテキスト化を行い、紙面中の原文通りに改行したテキスト 、および句点で改行したテキストの2種類のデータの整備を進めました。 知的障害者向けの情報をまとまった形でテキストデータ化した事例は国内初であり、本データは知的障害者向けに書かれた文書の言語的特徴、およびわかりやすさにかかわる要素の解明の一助につながると考えています。 ◆【ステージとは】[2] [3] [4] 「ステージ」とは、社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会により1996年より2014年まで刊行されていた、知的障害者を対象とした新聞の体裁をとる機関誌です。 スウェーデンの読みやすい新聞『8 SIDOR』を参照して1996年に創刊された。知的障害者を読者として、全国規模で時事情報の継続的な配信を行っていた紙面媒体としては、国内唯一のものでした。 ステージの編集会議のメンバーは、新聞記者・支援者・軽度または中度の知的障害者・発行媒体である社会福祉法人の編集担当職員・オブザーバー等の約10〜20名で構成されていました。障害のある当事者が編集や原稿作成に加わり、原稿の読み合わせを行うことでわかりやすいテキストを作成していました。さらに、2011年6月号から最終号までは、知的障害のある編集委員の一人が編集長を務めていました。 ステージは1996年の創刊時より、年4回発行されてきました。創刊時は5万部、その後1996年から2009年度までは毎号約5500部程度で推移しています。 紙面がリニューアルされた2010年度、2011年度は毎号約11000部、2012年度は毎号約12000部を発行するようになりました。なお、2013年度以降は、紙面構成等に変更はありませんでしたが、発行部数が2000部以下となりました。2014年6月に発行母体である社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会が解散して後は休刊し、2018年1月現在まで休刊となったままです 。 創刊当初から企画・編集の過程に知的障害者が編集委員として編集過程としてかかわるという当事者主体性を有していたため、紙面の内容は、読者の生活年齢と興味・関心に即した話題が選択されていました。創刊当初は毎日新聞社の記者らが複数名記事の執筆や読み合わせの作業に加わり、議論しながらわかりやすさを模索していたため、創刊期は比較的一般的な新聞の紙面に近い構成がなされていましたが、次第に「本人活動」 を支援する媒体として、福祉的な内容や当事者の経験等が重視されるようになりました。 紙面は主に、関心の高い時事の話題、ニュースおよびニュースダイジェスト、趣味・芸能人へのインタビューなどのエンターテインメント、スポーツ、暮らし(障害者福祉や生活に関連する、役立つ特集記事)、各地の特別支援学校の特色ある取り組みの紹介、読者からの反響や交流的要素のある記事、時期ごとのテーマ記事・特集などで構成されていました。 紙面はA3版で8ページ、1996年当時はカラーと白黒の双方が使用されていましたが、2010年夏号(54号)以降は紙面およびデザインが一新されフルカラーとなりました。特に、54号以降は、テキストのわかりやすさに加え、全体的な見やすさに配慮された紙面構成となっており、写真や図やイラストが多用されていました。また、漢字には全て振り仮名がついていいました。さらに、改行時に文節で区切るなど、視線の移動や情報の認知が容易になるような工夫がなされていました。 ◆【ステージに関する先行研究】 ステージにみられる平易な文章表現の特徴について、先行研究が数例存在しています。 まず、創刊からのステージの実践を経験則からまとめたものがあります[3] [4]。わかりやすい文書の特徴がステージ編集の経験から示され、ステージの特徴である「のりしろ」が示唆されています。「のりしろ」とは、文と文の間に重複箇所(同じ言葉を繰り返して使用すること)を設定することで両者の関係を明示的にすることです。 また「ステージ」7号分の編集過程を扱った質的検討では、リライトの際の難解語彙群の指摘がなされています[2]。 ほかにも、ステージの言語的特徴について、他の新聞との比較で特徴を明らかにした研究が数例存在しています。 毎日新聞の紙面との比較でその傾向を明らかにした計量言語学的調査によれば[6]、ステージの文章はおおむね一文が30文字以下であり毎日新聞より短いことや、四文字以上の漢字列が少ないことが明らかにされています。 また、朝日新聞とステージの比較分析では[7] [8]、ステージでは解釈に個人的判断を要する語の使用が見られること(時間を示す際に「朝」「夕方」など)、動詞「する」に接続してサ行変格活用の動詞となりうる「サ変名詞」や数を表す「数詞」の使用が少ないこと、「また」などの並列の接続詞の使用が多いこと、ステージと朝日新聞で構文の複雑さには差がほとんどないことが明らかにされています。 さらに、「やさしい日本語」によるニュースであるNHKの「NEWSWEB EASY」(以下NWE)との比較調査では[9]、ステージとNWEの共通点として形態素数や和語の率が近いこと、「外来語」や「人の属性を表す語」などの名詞や動詞を中心とした書き換えの難しい難解語彙の群があることが明らかにされています。また相違点として、ステージには「やさしい日本語」の基準に照らせばわかりやすく書きかえ可能な福祉用語(名詞)、副詞相当の語、および接辞(接辞を中心とした名詞接続形式)があることも明らかになっています。 ただしこれらの先行研究のいずれもステージの全号分を対象としたものではなく、テキストや語彙の傾向を示唆するに留まっていました。 ◆【本データを分析に用いた研究例】 本データを用いた研究例として、打浪ほか(2018)[10]の概要を紹介します。 この研究では、ステージ全号分の経年変化の分析に取り組みました。 1.分析手順とねらい ステージの2種類のデータのうち句点改行データを分析しました。 句点改行データはステージの各号が1ファイルになっています。また1文が1行となっており、見出し、小見出しにはそれぞれを示すタグが行頭に付与されています。そこでまずタグと表層表現を使ってステージ各号を個別記事のファイルに分割しました。次に、写真や図のためのキャプション、箇条書きなどの通常の文とは異なる行を除外しました。さらに読者の反響など読者の文体がそのまま反映された記事、ダイジェストニュースなどの特別な記事を、タイトルを使って除外しました。 以上の手順で作成したファイルを対象にNEWSWEB EASYと比較した先行研究[9]で測定した項目を69号各号で計測して経年変化を観察しました。なお計測に使った解析器は全て[9]のものと同じものです。 2.文長 各号の1文の平均形態素数、すなわち平均文長を算出しました。初期の頃から4文字程度、文長が時間と共に短くなったことが観察できました。 なお、全号の平均文長(破線)は20.8形態素でした。 3.形態素の品詞・語種 語種の割合を全69号で解析したところ、特段の経年的な変化は観察できませんでした。標準偏差も小さいことからも経年変化が小さかったことがわかりました。 形態素品詞の割合の変化も同様に観察したが、特に経年的な違いは見られませんでした。 4. 語彙難易度 語の難易度レベルの変化を観察するため、日本語能力試験の基本語彙(Basic)、4級から1級の語、級の付与できない難しい語(OOC)、固有名詞(Proper)の割合を、自動解析器を使って各号で計算しました[9]。 各号の難易度レベルの割合は経年変化していないことが分かりました。なお基本語彙とは助詞、助動詞、数字、記号をまとめた分類で、誰でも分かるやさしい語のクラスと考えていまs。そこで便宜的に基本語彙、4級、3級をやさしい語と考えると、全号でのやさしい語の割合の平均は80.3%でした。 5. 計量的分析のまとめ 全69号の分析結果からは文長が経年的に短くなったことが明らかになりました。一方、語種、品詞、語の難易度レベルの各割合はほぼ一定でした。すなわちステージの語彙の使用は安定していたといえます。 6. 考察 「ステージ」には、全号を通して変化が見られた点と、安定していた点の双方がありました。 全69号分のテキストから析出された経年変化として顕著な点は、平均文長が短くなったことです。知的障害者向けのわかりやすい情報提供に先鞭をつけた社会的実践がステージであり、創刊当初はまだ知的障害者向けの文書はどのようにすればわかりやすくなるのか全く手掛かりがない状態から、経験則が蓄積されていった経緯があります[3]。すなわち、当事者を交えた議論の中で、編集会議時に読み合わせを行う中で文長が短い方が読みやすいという意見が出され、次第にそれがわかりやすさの手法として浸透していったものと考えられます。また、創刊当初は新聞記者のかかわりが多く、記事も新聞記者の原案のものが多かったのですが[3]、次第にステージの当事者主体性が増す中で、編集者と当事者の意見が通りやすくなっていった結果とも考えられます。 さらに、54号からはレイアウトが一新されていますがが、54号以降は記事作成時にレイアウトにあわせて文長がかなり意識されていた点も、文長の減少に影響を与えた可能性があります。以上から、知的障害者にとってのわかりやすさは文の短さと相関があるといえます。 一方で、文長以外の語種、品詞、語の難易度レベルの各割合は、ほぼ経年変化がなかったことが示されました。ステージは約18年の間に多くの新聞記者・編集職員・支援者・知的障害者らが関わっていたにもかかわらず、変化がほとんど見られず安定的であったということは、知的障害者にとってのわかりやすさには一定の形式があることを示していると考えられます。すなわち、今回の分析結果による語種の割合や語の難易度の程度は、軽度から中度の知的障害者のテキスト作成におけるわかりやすさの指標となりうることが示されたといえます。 また、語種等の割合が経年変化を見せず一定であったことは、ステージの一部を分析した先行研究らによって示唆されていた傾向が有効性のある結果であったことを示すと考えられます。すなわち、本調査の結果によって、これまで示唆されていた知的障害者向けのわかりやすい情報提供の傾向が、実証的に裏付けられたと考えられます。 ◆【本データを用いた研究の今後の展開】 本研究では、記事認定の信頼性が確保できないため記事の長さを計測していませんが、記事長はやさしさに関わる要因になるため、今後調査を継続するべき点と考えています。 また、ステージは54号以降、視線の移動がしやすい紙面改行が工夫されています。この紙面改行データの分析を深め、わかりやすさの傾向をさらに検討することも今後の課題です。 今後、知的障害者の「わかりやすい」情報提供のために、本データがさらに活用され、新たな知見が生み出されることをデータ作成者らは望みます。 ◆【文 献】 [1]古賀文子,「ことばのユニバーサルデザイン」序説―知的障害児・者の言語的諸問題の様相から―,社会言語学,Vol.6,pp.1-17,2006. [2]打浪(古賀)文子,知的障害者への「わかりやすい」情報提供に関する検討 ―「ステージ」の実践と調査を中心に―,社会言語科学,Vol.17,No.1,pp.85-97,2014. [3]野澤和弘, わかりやすさの本質,NHK出版,2006. [4]野澤和弘, 知的障害者のための新聞「ステージ」, 月刊言語, Vol.35,No.7,pp.60-67, 2006. [5]保積功一,知的障害者の本人活動の歴史的発展と機能について,吉備国際大学社会福祉学部研究紀要,12,pp.11-22, 2007. [6]羽山慎亮,活字情報バリアフリーにおける漢字の関わり, メディア学―文化とコミュニケーション―, 25, pp.10-34, 2010. [7]工藤瑞香・大塚裕子・打浪(古賀)文子, 知的障がい者のコミュニケーション支援に向けたテキスト分析, 言語処理学会第19回年次大会発表論文集, pp.280-283, 2013. [8]及川更紗・大塚裕子・打浪(古賀)文子,知的障がい者を対象とした文章のわかりやすさの解明 ―季刊誌「ステージ」を対象に―,電子情報通信学会技術研究報告,HCS2014-43, pp.1-6, 2014. [9]打浪文子・岩田一成・熊野正・後藤功雄・田中英輝・大塚裕子,知的障害者向け「わかりやすい」情報提供と外国人向け「やさしい日本語」の相違 ―「ステージ」と「NEWSWEB EASY」の語彙に着目した比較分析から―,社会言語科学,Vol.20,No.1, pp.29-41, 2017. [10]打浪文子・熊野正・田中英輝・後藤功雄・美野秀也・岩田一成,知的障害者向けのわかりやすい情報提供のテキストの傾向 ―「ステージ」の経年変化の分析から―,言語処理学会 第24回年次大会発表論文集,pp.168-71,2018.